乗り気になる瞬間を見逃す
再びテレワークの日。
出勤の疲れか低気圧の影響か、なんとなく作業の進みが悪い。
授業を恙無く終えた後は、ひたすら提出物やテストの採点である。
オンラインかどうかに関わらず、苦手な作業の一つだ。
途中で飽きて、どうでもいい写真撮るという無駄作業を挟みつつ、今日課していたノルマは終えた。でもまだ残っているものがある。来週に持ち越しだ。
今日は名探偵ピカチュウの日!という気概で退勤手続きをした。
金曜ロードショーが始まるまでに食事やふろ、家事のすべてを片づけておきたい。
冷凍の簡単な調理キットで夕食の準備を済ませ、速やかに食べ、風呂に入った。
名探偵ピカチュウを真剣に見た。
結末まですでに知っていても、やっぱりポケモンが出てくるとかわいさに悶絶するし、かっこよさにも悶絶する。
真剣に見ていたにもかかわらず、主人公がピカチュウをパートナーと認めて父親探しに乗り気になる瞬間を見逃したようで、急にキャラが変わったみたいに見えてしまってにとまどった。なにがきっかけになったんだ……?
いろんなことを言葉で説明してくれていたのに、ポイントになる場面を見逃すとは痛恨のミスだ。
しかし、なんでもやたら説明するのは英語の文化圏だなぁと思う。
低コンテクスト文化ってこのことか。と納得してしまった。
映画も舞台も2回目以降は分析的なまなざしになる(1回目はパッションのままに見ている)性分なので、我ながら気持ち悪い。
たぶん、この作品も近いうちにまた見るだろう。
ステイホームのおかげで映画をじっくり見る機会が増えて、気持ち悪さに拍車がかかっている。
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